昨夜はすぐに眠りについて泥のように眠っていた。薄暗い中船頭さんに叩き起こされる。何かが床板の上でびったんびったん跳ねている音が聞こえる。
うおおおお、ワラゴーレイリーやああああ!昨日仕掛けた餌に60cmくらいのやつが掛かっていた。200cm、95kgにまでなる魚ということでこれはまだ赤ちゃんサイズだが超嬉しい。出来たらその引きをこの手で味わいたかったが私が仕掛けたから私が釣ったってことでいいよね?
朝食は昨日釣ったフラワートーマンの予定だったが満場一致でワラゴーレイリーを食べることにする。
何時間寝たのか分からないが堅い床板の上で寝たので若干腰が痛い、しかし体調は信じられないほど良い。こんなに清々しい朝を迎えたのは久しぶりな気がする。
体調が良いだけでこんなにも心持が変わるものなのか、昨夜寝るまでは神に祈るほど帰りたかったが今はこれからの釣りが楽しみで仕方ない。やってやろうという気力で溢れていた。
船頭さんが料理してくれたワラゴーレイリー、調理法は昨夜と同じ唐揚げだがロイヤルトーマンと違い身がフワッフワだ。私はロイヤルトーマンの方が好みだがどちらも美味い。食後のコーヒーを飲んで帰り支度をしていよいよ出発だ。
今日はKhusnulさんの船が先行だ。一夜を過ごした拠点に別れを告げ、昨日泣きそうになりながら通ってきた道を夕方まで休憩を挟みつつ釣りながら帰る。青か紫のフラワートーマンが釣れたらいいなとは思うが昨日既にある程度の釣果があったので気持ちにも余裕がある。
船が荷物でかなり狭くなっているので交代で釣ろうとガイドさんに提案をするが二人一緒で大丈夫だと言う。左右で投げ分けられるならいいんだけど、直線だと被せられるから交代のがいいんだけどなあ。
帰り路は昨日どこかで雨が降っていたのかまた増水しており、水深もかなり深くなっているようだ。魚が湿原の奥に入り込んでいるらしく、お互いがこれは釣れただろってポイントにキャストが決まっても中々反応が無い。自然というのはかくもその姿を瞬時に変化させていく。魚を釣るということの難しさを改めて実感した。
とはいえいい感じのポイントにキャストを続けているとお互いに30分に一匹くらいのペースでフラワートーマンが釣れてきた。青や紫は数十匹釣った中に1匹いるかいないからしいので難しそうだ。ガイドさんのバズベイトにめちゃくちゃデカそうなトーマンのアタックがあったが乗らなかった。
日が昇ってくると信じられないくらい暑い、昨日は終始曇っていたので分からなかったが日差しの強さがジャワ島よりも遙かにキツイ気がする。少し置いていただけのリールが火傷しそうなほどに熱くなり、水もお湯のようになっている。
すぐに飲み水は底を付き、暑すぎて釣りどころではなくなったので船頭さんが水浴びをしようと提案してきた。流れがあり、水深があまり深くない場所を見つけると船頭さんとガイドさんがすぐに水中に飛び込んだ。早く来いよ!と言われてもワニの存在に躊躇してしまう。しかしこの暑さは耐えることが出来ない。
意を決して服を脱ぎ去り水に飛び込む。川の水は冷たい、ついでに大も小も体から出るものを全て放出してしまう。控えめに言って最高だ、こんな気持ちの良い水浴びは生まれて初めてだ。もう心も決まり川の水をガブガブ飲む。冷たくて美味い、美味すぎる。
確かにワニは怖いがこの水浴びの気持ちの良さにハマってしまい、その後も何度も水浴び出来るところを探してくれとせがんだ。川の水も5リットルくらいは飲んだだろう。
途中で船頭さんがそこら中に仕掛けられている罠を引き上げてみるとワラゴーレイリーが沢山入っていた。確かに底にいる魚はここで釣るのは難しいだろう。罠がもっとも効率がよさそうだ。
時刻は正午になり、日陰になっている水深が浅い地帯で昼食休憩を取ることになった。日が当たる場所は暑すぎてどうにもならない。
森が水中に浸かっているような場所だ。この付近一帯はストライプスネークヘッドの巣になっているようでノーシンカーのワームやフロッグに小さなやつが入れ食い状態だった。減水したベストシーズンに来ればフラワートーマンもこれぐらい釣れるとのことで、今回増水してしまっていたのは本当に残念である。
昼食はワラゴーレイリーの切り身とフラワートーマンの丸焼きだ。船頭さんが倒木の上で火を起こしてコーヒーも淹れてくれた。昨日からずっと思っているがこの船頭さん達、こんな意味不明な道を覚えているだけでなく色々と器用で本当に凄い、しかも滅茶苦茶人がいい。今回の旅はこの船頭さん達がいてくれたことに心から感謝している。
魚が焼けたのでみんなで昼食をとる。フラワートーマンをほじくって食べるがやはり身がしっかりしていて美味しい。ワラゴーレイリーもフワフワでインドネシアの甘いソースを絡めて食べると蒲焼みたいになって白ご飯を食べる手が止まらない。
食後の甘いコーヒーがこの旅で最もホッと出来る瞬間だった。熱い液体が喉を通り過ぎて胃に降りていく感覚、口の中に広がる甘さ、全身で生を実感できた。
都会にいれば絶対に分かり得なかった感覚だ。ロケーションも抜群である。こういうのにハマってしまう人がいるのも理解が出来た。
まったりしていると漁師さんが近づいてきたので獲れた獲物を見せてもらえた。一人でこんなとこで漁をするなんて、私には考えられない。
十分な休憩をとったら後は最後まで釣り進むだけだ。しかしながらここから先は水が滅茶苦茶増えており、軽い洪水状態だと言う。確かにどう見ても釣れそうなポイントなのに魚の生命反応が無い。魚の多くは湿地の奥か川底に潜り込んでしまっているのだという。
たまにチェイスやバイトはあったが全然釣れなくなってしまった。夕方に差し掛かり、キャストした後でリトリーブしているとガイドさんのフルキャストしたルアーが私の竿に当たってカナリア68MLの先が折れてしまう。
ガイドさんはひたすら不慮の事故だ、不慮の事故だとつぶやいていたが私は普通にリトリーブしてたからただの後方未確認だろう。だから交代でやった方が良かったんだ。
竿はパーツで取り寄せ可能だし、別に弁償を請求する気もないのだが一言謝ってくれれば救われる心もあるんだけどね。インドネシアの人は本当にやばいと思った時は絶対に謝らない。
何だか気が抜けてしまい、陽も傾いてきたので釣りを終了して帰ることにする。これでジャングルともお別れかと風景を見ながら帰っていると大きな実のようなものが付いている木が幾つかあった。あれはなんだ?と聞いて見るとコウモリランという寄生性の植物だそうで都会でかなり高額で売れるらしい。
ジャングルには面白いものがいっぱいあるなと改めて思い昨日は全く周囲を見渡す余裕はなかったことが残念で仕方がない。
初日にトイレ休憩をした船頭さんの水上家屋に戻って来てみんなで一息つく。コーヒーとインスタントラーメンを振舞ってくれた。これがまた美味い。
Khusnulさんが米粒で綺麗な魚を釣っていた。ラスボラの一種らしい。減水していてここが拠点だったら今回の旅は全く違った印象になったんだろうなあ。
とはいえ後は6時間の道のりを帰るだけだ。暗くなってきたと同時に蚊の大群が襲ってきたので急いで支度をして帰路に着く。再びナイトクルーズの始まりだ。実は初日に経験した星空を眺めながら寝られることがいつのまにか楽しみになっていた。たった一日なのに随分慣れたなと自分でも思う。
しかし空は真っ黒で雷もピカピカしている。出発して20分くらいで雨が降ってきた。次第に雨はスコールになり、広い川の上で視界が無くなる程の大雨を受けながら船を進めていく。次第に船の中にも水が溜まってきて尻が常に水に浸かっている状態になってきた。
オイオイオイ、死んだわこれ。ジャングルさんはもっと苦しめとばかりに自然の厳しさを余すことなく見せてくれる。水を掻きだしながら進んでいると前に水上集落が見えてきた。なんとか助かった。水上集落の方たちはびしょ濡れの私たちを迎え入れてくれ、コーヒーとお菓子も振舞ってくれた。人の優しさに触れたことと危機を乗り切った安堵から涙が溢れそうになる。
時刻は夜の七時過ぎ、30分ほどで雨が止んだので急いで帰ることにする。大雨のせいで通ってきた道が無くなっている可能性があるという。再び暗闇の中を船は突き進む。途中何度か雨がまた降ってきた。ずぶ濡れで風を受けるので寒いが私に出来ることは無事に帰れることを祈るだけ。
途中で雨は止み、星空が戻って来た。ずぶ濡れで寝たら絶対に風邪を引くと思ったので一人で歌を思いつく限りずっと歌っていた。普段鼻歌すら歌わない自分がなぜこんな行動をしたのか今でも不思議だ。TMレボリューションのPVが頭に浮かんできて”こーごーえそーな季節に君は”ってとこを何度も歌っていた気がする。
そして出発点まであと少しというとこで急に船が止まった。懸念した通り大雨で通ってきた道が無くなっており、他の道は無いという。なんてこった、ここまで来て遭難なんて洒落にならない。船頭さんは道は切り拓くという。かっこよすぎるよ、船頭さん!
真っ暗闇の中で船頭さんが木や草をカンカン切る音が聞こえる中じっと耐える。茂みの近くに停留していたので蚊の猛攻が凄まじく、時折聞こえるバシャっという水音に怯えながらひたすらに祈る。
どれくらい待ったのだろう。ついに船頭さんが笑顔で戻って来た。道は拓かれて帰ることが出来るのだ。
1時間ほどで遠くに電灯の明かりが見えてきた。携帯が沢山のメールを受信している。ついに文明があるところに帰ってきたのだ。時刻は既に午前3時をまわっていた。息も絶え絶えに荷物を運び、まだ濡れた体で車に乗り込む。
すぐにガイドさんの家に戻ってきて交代で水浴びをしてそのまま深い眠りについた。他のみんなはフラワートーマンを料理して食っていた。体力まだあるのかよ・・・
ともあれこれで一泊二日のカリマンタン島ジャングルでの釣行は終わった。普段は入れ食いというスポットも増水により奥地まで行くことになったことと、そこでも目まぐるしい釣果が無かったことだけが残念だったが、そもそもはマシール釣りに行く予定だったし釣りが出来て釣りたかった魚が釣れただけでも万々歳なのだろう。
あまりに濃い二日間だった。現地にいるときは何度も帰ることを願ったが、帰ってきた今となっては良い思い出だ。竿は折られたが旅を支えてくれたガイドさんに、頼もしい二人の船頭さんにも感謝の気持ちしかない。
ちなみにこのツアー、現地価格で2万円ちょいだ。飛行機代入れても3万せずにこのプライスレスな体験が出来たのはすごいことだと思う。私はもう一度行こうと言われたら断るが間違いなく一生ものの体験が出来た。
魚を釣るって大変だね、やっぱ釣り掘は最高だぜ!
その④に続く
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